where the light is

twice as much ain't twice as good

自己愛の塊に相対したとき、それもいつか死んでしまうと思う

・ことあるごとに「俺が一番辛い思いをしている」「俺が一番努力をして成果を出している」「俺に比べればお前の苦労など大したことがない」とマウンティングをとる人がいる。いろいろなことを書こうと思ったけれど、ただ一言「うっせえ」で済むことなので、それでよしとすることにした。人の事に気を病む暇などないのだ。以前“地雷ボタン”の記事で書いたのだが、ちょっと地雷ボタンを踏むだけで散々な言われようをする。だが一言「うっせえ」である。火の粉が私に降りかからない限りは、できる限り関わりを避けておくだけだ。

「うっせえ」 - where the light is
ホットボタンと地雷ボタン ーいじめを回避するための生存戦略ー - where the light is

・体育会系のおじさんたちの地雷ボタンが広すぎて辟易する。筋肉で黙らせるしかない。

・ときどきブチ切れる妄想をする。私はヘラヘラしているので温厚な人間と思われがちなのだが、妄想の中で相手に引かれるぐらいのでかい声で、理詰めでまくし立てる。実行はしていないけれど、そういう妄想が私の正気を保たせている気がする。「いつも怒ってる」ことが怒りを抑える秘訣なのかも。ブルース・バナーがそんなことを言っていた。

・きっと筋肉がそれを助けてくれる。力でねじ伏せられるという自信を持っておくことで、普段から温厚さを保つことができる。

・お前がそう思うならそうなんだろう、お前の中ではな。何人も俺の意思を左右することはできない。その声は俺には届かないから、そこで勝手に吠えているといい。うっせえ。

・よしよし、えらかったねえ。がんばったねえ。と褒めてくれる人がいないから、自分の苦労や努力でマウンティングしてくるのではなかろうか。結婚していても、子どもがいようとも、自己愛でしか安らげない哀れな野犬なのである。

・知り合いの先輩が酔った時によく言う言葉が「どうせいつか死ぬのにな」。振り返れば小学生の頃に、人は誰もがいつか死んでしまうことに気づいて、悲しいやら寂しいやらで寝付けなかったことがある(『ペンギン・ハイウェイ』にそんな描写があった)。高校の頃には、「どうせいつか死んでしまうのに何悩んでるんだ」と思っていたけど、やっぱりつらいものはつらかった。でも最近、やっとその本質的な意味を掴めた気がする。つまり、死ぬというのは生きとし生ける全てのものにとって絶対的な事実であって、それ自体に意味などないのだ。

・どんなに偉そうにしていたって、いつか死んでしまう。不快な思いをした時には「いや、お前いつか死ぬやん」である。一人で死んでいくのだ、どんな生き方をしても一人で死んでしまう。あの人もあの人も死んでしまうのだ。そう思ったって、悩みがちっぽけになるわけではないけど、紛れもない事実として「お前はいつか死ぬ」のである。わざわざご丁寧に「死ね」と思ってあげるまでもないのである、いつか死ぬのだから。

・私も酔った時に「いつか死んでしまうんだから」と管を巻きたい。誰かの悪口を言われたときに「でもあの人もいつか死にますからね」と言いたい。そしてちょっと引かれたい。

・今日は大きく切った薄揚げともやしを合わせて、みりんと醤油をかけて600Wで2分半チンしてお弁当にした。できたては揚げにムラがあったが、時間が経つと沁みて美味しかった。夜は同居人が鳥もつ煮と鶏胸の肉鍋(えのき、エリンギ、しめじ、ネギ、白菜、鶏むね)を作ってくれた。とても美味しかった。健康的であった。

仕事が忙しい、人の縁は僥倖

・L3スイッチのファームウェアを5年ぶりぐらいに上げた。バイナリの容量が8倍ぐらいになってしまったけど、GUIが使えるようになったのは素晴らしいと思う。もう1台同型のスイッチがあるので、近いうちにアップデートしておきたい。

・別々の案件で、同時にクラウドセキュリティの設計、データセンターのクラウド移行、仮想マシン単位でのストレージ移行、レイヤを跨いだログ管理を扱っているのだけど、忙しすぎて余裕がなくなったきた。今月を乗り切れば何とかなりそうだけど。

・私は頭ごなしに注意されると絶対に落ちていくタイプなので(意図とかを聞いてほしい)、今のような自分のやり方で仕事を進められる環境にいられることがこの上ない僥倖である。

・感情的だとか論理的だとか、そういう言葉では割り切れないほど、インストールされた「言語」が違う人がいるのだろう、と思い知らされるツイートを見てしまった(あの印象はうまく表現出来ないのでこの言い方に留めておく)。話が合う、共通認識が持てるということは、これまた僥倖なのだろうと思った。大事にしたい縁だ。

・そんな気持ちを抱えながら同居人のツイッターを見ていると、「二馬力で美味しいものか食べられる」とか「(生活の中で相容れないところはあるけれど)改善していくことができる」とか、お風呂用のワイヤレスイヤホンとか、デロンギのオイルヒーターとか、嬉しい事を書いてくれていて、こういう関係性は当たり前ではないことを思い知り、幸せを噛み締めてしまった。

・それと同時に、自分が傷つくだけの縁、関係からは迷わず逃げ出すことが大切だと実感する。接するだけで心を蝕む相手からは距離を取ってきたけれど、結果として私は穏やかになれた。逃げることは恥ずかしいことではないし、積極的に自分が幸せになれる場所に歩いていった方がいい。

・たとえば、親族はみんな芸能人のことを悪く言っていた。芸がないとか、顔がでかいとか、口が悪いとか、歯並びが悪いとか、太りすぎとか痩せすぎとか。全部同じ曲に聞こえるとか、ええ歳して良くやるな、とか。私が聴く音楽に、見る映画にドラマに、付き合う人に、何もかもにケチをつけるような人達であった。それこそバカリズム御大に「うっせえ」と言ってほしいし、私が「うっせえ」と言うまでもなく、その場を離れるべきだった。

・近頃アンジェラ・アキさんのWHITEをヘビーローテーションしている。

WHITE

WHITE

・大根を角切りに薄揚げを細切りにして、みりん、醤油、味噌を入れてレンジの根菜モードでチンする。ある程度冷めたら、お弁当箱に詰めて持っていく。昼には味が沁み沁みのコクありふろふき大根になっているのだ。とても美味しくてお気に入り。

マッチングアプリの悲哀

・女性側のマッチングアプリを触らせてもらい、わざと足跡を残しまくって遊んでいた。ものの小一時間で数十件もの“like”が来たり、あの手この手のメッセージが来たりするのを、にやにやしながら楽しんでいたのだけど、冷静になって振り返ると、だいぶ気持ち悪くなってしまった。

・女性という存在が、常日頃からではないにしても、“そういう目”を向けられながら生きているという事実にまず耐えきれなかったし、有象無象の男から好奇の目で見られる、評価の対象になるというというのに疲れてしまった。自分ではないのにこうなのだから、もし自分が女性だったら、そのストレスは並大抵のものでは無いだろうと思う。

・数百人の男性を眺めていて、友人や同僚が出てきてしまったこともあり、なんだか男を哀れんでしまう。吉田拓郎は「男はどうして女を求めてさまよっているんだろう」と歌ったけど、男たちが寂しさを抱えてさまよう物怪のように思えてしまった。

イメージの詩

イメージの詩

・Tinderで常識外れの話をする男は論外だ(そういう男のメッセージを何十件と見せられてショックでもある)が、丁寧な言葉の裏側に透けて見える性欲にうんざりしてしまうし、もし自分が使うとしても、その中の一つでしかないことを思って、いっそう切ない気持ちになってしまう。

・写真にラベルが貼られた商品として並べられ、頑張っている感じが哀れである。悲しい。

・現実世界の人たちも、スペックの高低を尺度に一括りにされて商品としての価値がつけられているとしたら、すべての商品が代替可能なのだとしたら、それはとてもとても悲しいことである。

・転職市場や恋愛市場での価値という話を時々するけれど、不特定多数の商品がその“価値”を競い合う市場経済に準えている時点で、個人の存在は埋没するという悲哀の感情を禁じ得ない。

Vultures

Vultures

ショッピングと靴磨きと料理

H&Mでジャケットを買った。ニューバランスの紺の996を買った。詰まらないザル、ゴマすり器、フライ返し、調理器具入れなどを買った。無印でゴムベラを買った。ニトリで枕カバーを買った。他にもJINSでメガネを見たり、ヨドバシカメラで新しいiPad Proを見たりした。

・注意力が様々なところに向きすぎるので、新宿や渋谷などのお店がたくさんある所に行くと、ものすごく疲れてしまう。昨日行ったのは近場の複合施設だったけど、途中コンビニや31で補給しながらでないとしんどかった。買い物は精神力と体力を使うけれど、やっぱり楽しいものだった。

・買い物の前には音楽も聞かず時間をかけて、黙々と革靴磨きをした。心がすぅーっと落ち着いていく感じがしたし、汚れが落ちて艶が出た。

・最近作ったもの。お弁当の影響で揚げ物を多めに作っている気がする。他にはもやしをチンしたり、とん平焼きにしたりしている。

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・今日はホッケの開きと豚汁とにした。豚汁にはしめじ、もやし、大根、九条ネギを入れた。秋刀魚の季節が終わってしょんぼりしていたけど、ホッケがだいぶ美味しかったので幸せ。

電脳コイルの奥深さと分かりやすさ

・先日から『電脳コイル』が全話Amazon Primeで配信されているので、1日数話ずつ見ている。“メガネ”を使うことで目に見えるVRの世界と、現実世界のズレによって起こる様々な怪現象の話。昔小説を読んで楽しかったのだけど、アニメはほとんど見た事がなかったので、初めて見ている。

・今日見た話では「大きなオブジェクトは複数のサーバーで分散処理されている」というセリフが、“分かっている人“が描いてる感じがして、業界の人からも楽しい。電脳生物にとって、分散処理が「身体が引き裂かれるような痛み」というのも、なんだか生々しく感じられてしまう。

・分かりやすさにも配慮されていて、例えば第1話の電脳世界の概念の導入にしても、電脳世界にいるペットの電助が、現実世界のリュックと干渉して驚くという描写が理解を助けている。すんなり入り込める、だけど深く楽しめる、名作だと思う。

想像力のない人が苦手

・人の愚痴を聞いていても「いや、それ自分の程度が低いだけやん」と思ってしまうのだけど、自己責任論では話が弾まないので、適当に相槌を打って人のせいであることにしている。

・実在する人のことは何も見たくないし、何も聞きたくないと思う。より的確に言葉を使うならば、誰とも関わりたくない。価値観が違うので、嫌な思いをして傷つくだけだと思った。私が許した人以外とは関わらず生きていきたい。不快な気持ちを我慢できないので、もう無理である。無理無理。

・きっと私は、頭の悪い人ではなくて想像力のない人が心の底から苦手なんだと思う。「映画を見るのは無趣味のすること」という人は、映画の裏に横たわっている世界を知らないし、それがあることをイメージしようとすらしない。

・かと言って、彼らが彼らであることを否定しても怒っても嘆いても、私には何のメリットもないから、やりすごすのが得策だとは思う。

・性格が温厚でないと無理とか、柔和な話し方でないと無理とか、最近そういうことに気がついた。良くも悪くも歳上と関わっているからか、若さゆえの激情についていけないんだと思う。渋谷ハロウィンに耐えられない。あるいは、配慮されないとダメという自己中心的な考え方なのかもしれない。

フリーター「今日は給料日か…」【2ch伝説】
https://youtu.be/nvKnZlJKx2A

・これを読んで号泣してしまった。生きていくのはしんどいみたいだ。私は楽をしている。

・低学歴をやたら差別する人や、お店に対して悪態をつきまくるタイプの人と会ったのだけど、もう本当に人と関わりたくない。疲れるだけだ。酒、タバコにまみれて運動をせず、食生活にも気を使わない早死一直線だけど、楽しそうだから、そういう生き方が幸せなのかもしれない。

・誰かや何かを否定しながらしか生きられないなんて、そんなのは嫌だ。

ラブソングは死んでいる

・「ラブソングは死んでいる」という言葉を思いついた。感情が歌になる。歌になった感情はどこに行った。死んだ感情が歌になるのか、歌になった感情は死んでしまうのか。死んだ感情は存在しないけど、歌は鳴り続ける。人の心を揺さぶり続ける。

染まるよ

染まるよ

・ラブソングは過去形である。いつだって、それは誰かの記憶なのだから。ラブソングの心は死んでしまっているけれど、いつまでも響き続ける。それは意思を超えて。時間を超えて。

・心がどこにあるかと問われれば、それはここにあると言う。支離滅裂な言葉の中に、実は真実が転がっていたりして。言葉になる前の感情は、実は目に見えて手に取ることができるのかもしれないし。

・優しい言葉が嘘っぽく見えてしまうのは、それが言葉であるための宿命で。意味のないように見えて、並べ立てた罵詈雑言もあったりするし。悲しみは悲しみでは言い尽くせないものなので。

・苦しまなくていいのは、受け入れなくていいからかもしれない。嫌なことがあっても、空っぽの心では引き受けることすらできない。流れ落ちたものは、乾いて空に帰るだけだったり。

・無意識の夢はいつの間にか消えているけど、無意識の中に横たわり続ける。ノックされているような錯覚は、いつかあのときの夢だったかも。強がりではなくて、トリップでもなくて。

・満ち足りた顔の裏側には、幸せしかありえないわけでもないし。たまに聞こえるノイズは無視する方が良かったりするのだろうか。雨音の中に誰かの呼ぶ声が聞こえる気がした。